元ハイリスク妊婦&ミニマリストの日記

妊娠19週からの切迫流産、20週にして子宮口が開き始めるも奇跡的に助かった小さな命。産まれた赤ちゃんにまさかの先天的な問題。ハイリスク妊婦として過ごした妊娠~出産~NICU入院までの経緯を文字に残すためのブログです。その他、育児奮闘記やミニマリストを目指す日常についてもゆるりと書いていきます★

【⑯ 32週での出産に向けて】

出産の日取りがあっという間に決まってしまいました。看護師さんが「旦那さんに電話できる?」と聞きました。…そうだ、まずはこうなったことを報告しなければ。


時刻は旦那の仕事が終わるか終わらないかの頃。かけてみると、すぐ出てくれました。そして案の定…話し出す前に私は泣いてしまいました。泣けてきて何も話せません。旦那はこのとき、「やっとここまで来たのに、今度は何が!?」と焦ったそうです。


やっとのことで伝えました。臍帯静脈瘤のこと。8%の確率のこと。木曜日に点滴を抜去すること。きっとその日のうちに産まれること。そして、今のところ、赤ちゃんは元気なこと。


旦那は水曜の祝日に病院に行く、と言いました。そのまま泊まって、木曜日も付き添うと。


寝る時間になってようやく落ち着きましたが、とても不安だったのが先生の言った「8%の確率で血栓か飛んで赤ちゃんが亡くなってしまうこと」でした。今、この瞬間は大丈夫なのか?血栓なんてそんなすぐできるものではないのかもしれませんが、とにかく不安でした。頻繁にお腹を意識して、胎動の有無を確認していました。


臍帯静脈瘤がわかる前から、切迫以外に「子宮内胎児死亡」も怖かったです。原因は様々ですが、いつものように検診でエコーをするも、胎児の心拍が確認できない…私はエコーのときはいつもドキドキでした。例え胎動はきちんと感じていても。切迫になってこれほど頑張っているのに、もし、万一お腹の中で亡くなってしまったらこれ以上悔しいことはありません。そのことがより一層私をナーバスにさせていました。


よく聞くのが、臍帯過捻転。詳しい原因は不明ですが、赤ちゃんが動きすぎることなどによりへその緒が捻れて酸素や栄養の供給が滞り亡くなってしまう。これは事故のようなもので誰しも起こりうるし誰も悪くない。お腹の中で起こることなので予防もできない。


子宮内で亡くなってしまった場合、初期であれば自然に出てくることもありますが、赤ちゃんが大きくなっていれば普通の出産と同じ手順を踏むようです。薬で子宮口を無理矢理開かせて、お腹を痛めて産んであげます。


私は入院中妊娠に関するいろいろな病気を調べました。ブログも読み漁りました。これがもし自分に起こったら…と泣きながら読みました。どんな健康で順調な妊婦さんでも、100%安全なお産はない、とコウノドリでも言っていましたね。それほど赤ちゃんを産むということは、みんな簡単にやってのけているようで実は隠された苦労があったかもしれないし、奇跡の連続なんだと思います。


旦那は水曜日に病院に来て、珍しく車泊ではなく簡易ベッドを借り私の横で寝てくれました。緊張でなかなか眠れませんでした。帝王切開ならまだしも、自然分娩で生む日が決まっているなんてなかなかないのではと思います。明日の夜には、私のお腹はぺっちゃんこになっていて赤ちゃんに会える。お腹に赤ちゃんがいる最後の夜。胎動を感じて眠りにつくのも最後。


点滴を抜いて、いったいどのくらいで産まれるだろうか。看護師さんはもう子宮口が5cmくらい開いているので早いだろう、すんなり産まれてくれるんじゃないか、と言っていました。でも陣痛は痛いだろうな。義理のお姉さんは結構難産だったようで、最後の方は「もう腹を切ってくれ!」って思ったそうです。


いつの間にか眠ってしまい、木曜日の早朝6時ころ。なんと地震で目が覚めました。この病院は耐震のためにわざと揺れやすい構造になっているようで、4階の私の病室はかなり揺れました。看護師さんたちが急いで病室の扉を開けて回っています。幸い大したことはなかったようですが、揺れながら建物がきしむ音が聞こえてかなり怖かったです((((;゚Д゚))))なんという一日のスタート…でも泣いても笑っても今日が最後。最後であって始まりの日でもあります。